恋の詩、愛の詩、別れの詩など
年月(としつき)も いまだ経(へ)なくに 明日香川 瀬々ゆ渡しし 石橋もなし
月草に 衣ぞ染むる 君がため 深色衣(ふかいろごろも)摺(す)らむと思ひて
道の辺の 草深百合の 花咲はなゑみに 咲ゑまししからに 妻といふべしや
巻向まきむくの 山辺響とよみて 行く水の 水沫みなわのごとし 世の人われは
息の緒(を)に 思へるわれを 山ぢさの 花にか君が 移ろひぬらむ
我がやどに 生(お)ふる土針(つちはり) 心ゆも 思はぬ人の 衣に摺らゆな
石(いは)ばしる 垂水の上の さ蕨の 萌え出るづる 春になりにけるかも
神奈備(かんなび)の 磐瀬(いはせ)の杜(もり)の 鳴子鳥 いたくな鳴きそ 我(あ)が恋(こひ)増さる
春の野に すみれ摘みにと 来こしわれそ 野をなつかしみ 一夜寝にける
伊香山(いかごやま) 野辺(のへ)に咲きたる 萩見れば 君が家なる
山彦(やまびこ)の 相響(あひとよ)むまで 妻恋(つまご)ひに 鹿(か)鳴く山辺(やまへ)にひとりのみして
我がやどの 萩花咲けり 見に来ませ いま二日(ふつか)だみ あらば散りなむ
高円(たかまと)の 野辺のかほ花 面影に 見えつつ妹(いも)は 忘れかねつも
大口(おほくち)の 真神(まかみ)の原に 降る雪は いたくな降りそ 家もあらなくに
わが背子と 二人見ませば 幾許(いくばく)か この降る雪の うれしからまし
淡雪(あわゆき)の ほどろほどろに 降りしけば 奈良の都し 思ほゆるかも
楽浪(ささなみ)の 比良山風の 海吹けば 釣りする海人(あま)の 袖返(そでかへ)るみゆ
我が背子に 我が恋ふらくは 奥山の あしびの花の 今盛りなり
石上(いそのかみ) 布留(ふる)の神杉 神びにし われやさらさら 恋に逢ひにける
我れのみや かく恋ひすらむ かきつはた 丹につらふ妹いもは いかにかあらむ
卯の花の 咲くとはなしに ある人に 恋ひや渡らむ 片思にして
赤らひく 色ぐはし子を しば見れど 人妻ゆゑに 我れ恋ひぬべし
朝顔は 朝露負あさつゆおひて 咲くといへど 夕かげにこそ 咲きまさりけれ
人皆は 萩を秋と言ふ よし我は 尾花(をばな)が末(すゑ)を 秋とは言はむ
春は萌え 夏は緑に 紅(くれない)の 斑(まだら)に見ゆる 秋の山かも
はなはだも 夜深(よふ)けてな 行(ゆ)き 道の辺の 五百小竹(ゆざさ)が上に 霜の降る夜を
道の辺(へ)の 尾花(をばな)が下の 思ひ草 今更々(いまさらさら)に 何か思はむ